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犬のはなし 2019.01.25 (金)
亡くなった愛犬は、
アメリカン・コッカースパニエル
という犬種でした。
(以下Aコッカー)
16年前。
同じ犬種を飼っている
友人アイコちゃん(仮名)宅の
Aコッカーがママ犬、
別の友人よしこちゃん(仮名)宅の
Aコッカーがパパ犬で
アイコちゃん宅で誕生しました。
5頭生まれたベビーたち。
絶対に大事に育ててくれる人に
もらってもらいたいと、
2人は、飼い主候補を逆指名し、
光栄にも、わたしにも、
お声をかけてくれました。

でもわたしは、躊躇しました。
うちは昼間はお留守番。
当時うちにいたAコッカーの先住犬は
わたしには愛する大事な子だけど
とっても気難しい犬だったし、
うちよりも、楽しく暮らせて
かわいがってくれるお宅はたくさんあると
思ったからです。

しかし、アイコちゃんとよしこちゃんは
「ぜひもらってほしい」と
何度も言ってくれました。
それならば、と、その末っ子ベビーは
おぐら家の一員となりました。
そして16年。

今月末に会う約束をしていたこともあり、
愛犬が亡くなった直後
アイコちゃんに連絡をしました。
亡骸と帰宅した頃、
アイコちゃんが電話をくれました。
「お別れさせてもらっていい?」
夕方、渋滞している中、
わざわざうちに来てくれました。

たくさんのお花とオヤツを供えてくれ、
お悔みをしてくれた後、
きっちり姿勢を正して、わたしに向き直ると、

「こんなにも長い間、
 大事に大事にしてくれてありがとう。
 おぐら家にもらってもらえて
 本当に良かった。
 親元として、心からお礼申し上げます。」

頭を下げてお礼を言ってくれました。

突然亡くなってしまい、助けられなかった、
という罪悪感で
「いや、でもね・・・」と
言いかけたわたしを制し、

「突然のことで色々悔やむのも十分わかる。
 でもね。
 直前まで元気にしていたことは、
 このキレイな姿を見たらわかる。
 この子たちは病気の多い犬種だよね?
 大きい病気も何回もして、
 でもその度にケアしてくれたよね?
 これはね、天寿を全うした子だよ。
 一回だけ、と思って出産させた
 大事なベビーの
 天寿を全うさせてくれてありがとう。」

アイコちゃん。よしこちゃんも。
おぐら家を選んでくれて
こちらこそ、ありがとう。
確かに何回も、命の危険はあったけれども
その度に踏みとどまってくれたのは犬。
わたしは何もしてないよ。
大変だと思ったことなど一度もなかった。
あっと言う間の16年でした。
わたしにこの子を託してくれて
本当にありがとう。
天寿を全うしたかどうかは
正直わからないけれど、
でも、アイコちゃん。
わざわざ来てくれて
優しい言葉をかけてくれて
ホントにホントにありがとう。
もらったオヤツは、
お弁当に持たせてやれたよ!




動物病院での、愛犬の死の床にて。
下血が止まらず
どんどん体温が下がって。
身体を震わせて体温を上げることも
もう、できなくなっていて。

「寒いですよね」と言って
保温用の電気マットを
犬の身体の下、
低温やけどをしない位置を
考えて入れて下さった。
大事に大事に身体をそっと持ち上げて。
リラックマのかわいい毛布も
優しくかけて下さった。
もう終わりが近い命であることは
よくわかっておられただろうに、
普通の動物と変わらない
扱いをして下さった。

優しい方であることは間違いない。
けれどわたしは、その看護師さんの
「誠意のある仕事」に心を打たれました。
生きている動物は、
その後の予後がどうであれ、
その生を尊重して
ひとしなみに大事に扱う。

誇りを持って仕事をし、仕事に誠意を込める。
当たり前かもしれないけれど、
簡単にできることではないことは
仕事人のハシクレとして、よくわかります。

30年以上、たくさんの動物病院に
通ってきました。
時代の流れもあるけれども、
色々な病院があり、色々な人がいます。

この病院は、人間でいえば総合病院規模。
スタッフの数もとても多い。
設備も整っているせいもあって
お値段は、多分高めです。
(薬価は普通かな・・・)
特に入院フロアは、とてもスタッフが多い。
こんなに人が要るのかな?とか
思ったこともありましたけど、
人員に余裕があるから
(ヒマというわけではもちろん全くない)
皆さん、心に余裕を持てるのだと思います。
とても若いお嬢さん方ですが、
全員が、手がすいたら、自発的に、
自分にできる次のことを探して、
それに丁寧に取り組んでいるように見えます。
個人のスキルや志も高いんだと思いますが、
そういう文化なんだと思います。
14年くらい、ここに通ってますが
ずっとそんな空気を感じます。
今回も、本当に皆さんに
良くしていただきました。
犬も、そしてわたしも。

人を丁重に取り扱うには、心に余裕がいる。
特に命の現場は激務なので
大変なことだと思います。
でも、自分や、自分の大事なものを
丁重に取り扱ってもらうことが
こんなに心を慰めてくれるものなんだ、と
あらためて思いました。

N動物医療センターの皆様。
長い間、犬たちがお世話になりました。
受付の方から、ドクター、看護師さん、
すべてのスタッフの方々
皆さんの仕事の質と、仕事に対する姿勢を
心から尊敬しています。
また犬を飼うことがありましたら、
迷わずお世話になりたいと思います。
あらためまして、
感謝申し上げます。




夫へ。

動物と暮らしたことなどなかったのに
わたしに巻き込まれて、
犬まみれで20数年。
できるだけ尊重したつもりだったけど
でも、自由人のアナタにとっては
不自由なことも沢山あったはず。
わたしが走り始めてからは、特に。
そっと予定を変えてくれたこと
何回もあったの、知ってるよ。
わたしと一緒に
犬たちを愛してくれて、ありがとう。




わたしの愛犬へ。

在ってくれてありがとう。
その名(本名)の通り、
最後まで永遠の「新人」。
その天真爛漫さで、
どれほど幸せにしてくれたことか。
あなたは最高の犬でした。
きっと、また、出会ってね。




そして、最後に、
ここまでお読み下さった皆様へ。

カテゴリ違いの
個人的な暗い話を、辛抱強くお読み下さり
本当にありがとうございました。
ことが起こった直後に、
書き始めるのは良くない・・・
と思いながら、
自分の気持ちを整理するために
書かずにはいられなかった、
感情的な記事。
お見苦しい点も多々あったかと存じます。
お詫び申し上げます。

また、感情に押し潰されそうで
Twitterでつぶやいてしまった
つぶやきの数々に目を通していただいたり
リプライやナイスまでいただいたり。

ブログにもコメントや拍手いただいたり。

個人的にLINEを下さったり。

励ましていただいたと
全て、都合良く、解釈しております。

ありがとう存じました。
全て心に沁みました。
本当に。本当に。
伏して感謝申し上げます。
いつかなにかの形で
少しでも御恩返しができますように。


生前、最後の写真。
201901251206152f4.jpg

2019/1/19撮影。
己のやる気に突き動かされるまま
バリケードまで突破して、
突き進んだのはいいが
詰んじゃって
途方に暮れる老犬@テレビ裏

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犬のはなし 2019.01.22 (火)
『膝の犬 
  これが獣であるものか』
(中尾藻介)


わたしの愛犬の最期の話を
長々と引っ張って申し訳ありません。
おまけに、今回、
かなり長い記事になります…


今回も生々しい表現が出て参ります。
御不快な方、まことに申し訳ございません。
どうぞ、またのお越しをお待ち申し上げて
おります。




病院に到着したのは、14:08でした。
朝とは違う、若手の先生と
朝、診て下さった、中堅の先生が
これまでの経緯を説明して下さいました。

レペタン(オピオイド鎮痛薬)注射
静脈下輸液で電解質補正

水様便、頻回→下血(暗赤血)
意識混濁したまま。
吠えはなく、ぐったり。

12:50過ぎ、心停止
→心マ、強心剤注射により蘇生。
気管内チューブ装着
現在は意識不明。

わたしが到着するまで、生かそうと
尽力して下さいました。
犬には負担をかけて
本当に申し訳なく思いました。
ずっと、ついてやれていれば
そんな負担、かけずに済んだのに。
頻繁に下血しているので
尻尾からお尻付近は、血まみれです。
意識不明で苦痛を感じていないことを
ありがたく思いました。

「このまま呼吸を補助しますか?
もし外せば、数分で
呼吸が止まる可能性もあります。」
そう、聞かれました。

また、決断のときが来ました。

わたしは6年前となにも変わらず、
相変わらず、
愚かで、浅ましくて、迷いだらけで
自分勝手。
いや、歳を重ねた分、
なお始末が悪いかも。

そんな人間でも、この犬の命の判断をするのは
わたししかいない。


ジロちゃん。ジロちゃん。
ごめんね。
『神様の手』、使うね。


「呼吸器は、外して下さい。」
はっきりと、そう言いました。
声は震えませんでした。

たとえ数分でも、
お別れを伝えることができる。
わたしには、もう、それで十分でした。
夫は、もう間に合いませんが、
きっと許してくれると思いました。

気管内チューブが外されました。
心拍と酸素飽和度のモニタリングは
続けています。

数十秒だったのか、数分たったのか。

「あ。」

若い先生が、少し驚いたように
「自発呼吸、戻りました。
拍動も、しっかりしてますね。」
と言われました。

この間に連れて帰って、家で見送る
という選択肢もありましたが、
30〜40分かかる道のり、
運転中に息が止まる可能性があったのと、
本当に本当に自分勝手なのですが、
この、人がたくさんいる気配の中で
見送ってやりたかった。
何度も命を救ってもらったこの病院。
自分の仕事を一生懸命している人達が
立ち働き、生きている動物たちの気配がある。
この気配の中で、送り出してやりたいと
私自身のために、そう思いました。

すぐ、帰宅途中の夫にその旨連絡し、
彼も、なる速で向かうと言いましたが
間に合わない覚悟はしているようで
「申し訳ないけど、頼む」と
言われました。

用意して下さった椅子に座って
犬の身体を撫で続けて、犬に話しかけて。
絶え間ない下血で、すぐ汚れるシートを
頻繁に取り換えて。

外来と入院フロアには、
それぞれ専任のスタッフがおり、
人員がとても多いからですが、
入れ替わり立ち替わり、
とにかくどなたかが、
わたしと一緒に犬のケアをしたり、
話し相手になって下さったり。


「あー耳、少し汚れちゃってる。」
「垂耳のコは、汚れやすいですもんねえ」

「あー今なら、歯石、取り放題なのに。」
「ご自宅でされてるの、エラいですねえ」


まるで、治療を終えて家に帰ることのできる、
いつもの診察時みたいでした。

15:05過ぎ、
下血の量と頻度が、多くなってきました。
犬の頭の下に手を差し入れました。
大好きだった、手枕。

15:11前、
コピペしたように、同じ形と流れだった
拍動の波形が、少し変わりました。
脈拍数が落ちてきています。

聴覚は最後の最後まで生きている、
と聞きます。

自分の思いを伝える、とかではない。
そんなことはどうでもいい。
ただ、犬を喜ばせてやりたいと、
少しでも、わずかでも安らかな気持ちで
彼岸へと旅立たせてやりたいと、思いました。
なぜなら、わたしは、
わたしの犬を愛しているから。

「愛」の定義を
「お返しがこなくてもいいから、
 相手を思い、尽くす」
とするならば、
わたしが、わたしの犬に抱く感情は
紛う事なき「愛」であり、
その純度は、この世の誰に対するものよりも
高いと言えます。

(相手は犬なので、
お返しはこなくて当たり前)
(ヒト相手の場合は、
 中々そうはいきませんね…)
(ピュアな愛、至上!ではなく、
カオスな感情をやったり取ったり。
それが生きている醍醐味だとは
思っています。)

どこのお宅でもそうかもしれませんが
うちの犬たちは、
「可愛い」という言葉が大好きでした。
犬は言葉の意味というよりも、
そこに込められた感情を読みます。
怒りながら「可愛い」という人も少ないので、

可愛い=自分に向けられた好意

うれしい

となるようでした。

ジロちゃん。
ジロちゃんジロちゃんジロちゃん。

可愛い。可愛い。ホントに可愛い。
世界一、可愛い。

だいすきだいすき。

可愛い。可愛い。可愛い。

耳元で、囁き続けました。


聞こえてる?聞こえてるよね?

その時、ほんのわずかですが、
彼がいつも手枕で寝て
ゴキゲンのときにする、
のど声、というか、鼻声というか
「ぶん」という
声を聞きました。

可愛い。可愛い。可愛い。
ホントに可愛い。
世界一、可愛い。

拍動の波形が、直線になったり、
また波形が戻ったりを
少しの間繰り返して、
ドラマで見るように、
完全に直線になりました。


15:15。
わたしの犬は、この世を去りました。
若い頃、勢いが良すぎて、
頭から障子を突き破ったこともある、
その勢いのまま、あまりにも
慌ただしく。
そんなに急がないでよ。


本当にキレイに清めてもらった亡骸を連れて
帰宅したのは、16:00すぎ。
いつもみたいに、ただ寝ているだけにしか
見えない犬を、夫とボンヤリ眺めたり、
まだ仄かに温かい気がする身体を
撫でてやったり。

20:00に、斎場の予約をしていました。
早すぎる、というのは十分承知。

こんなこと言うと、
このオンナ頭おかしいのか、
と思われるでしょうが、
わたしは、わたしの犬たちは皆、
逝く日を選んで、そうした、と
思っています。

昨日でも、明日でも、
来週末でもなく、日曜日の今日。
わたしも、
日曜が必ずしも休みではない夫も、休み。

仕事に穴を開けることも、
どなたとの約束も違えることなく。

それが、今日、でした。

そして、結果論かもしれないのですが、
もし、同じ展開で、
平日である翌日
同じことが起こっていたら。
昼間、ひとりぼっちで犬は亡くなり
血の海で、息絶えた犬を
帰ったわたしが見つける
ということになっていました。

昼間留守にする家庭であるわが家で
動物を飼う。
「帰ったら犬が死んでいた。」
事態は、覚悟しなければ
ならないのでしょうが、
わたしが何より恐れている
ことでした。

そんなわたしを、
ジロは分かっていて、
休みの日を選んだ。
6年前に亡くなった子も、
夫と私が休みの、祭日を選びました。
わたしは、そう思っています。

16年のお留守番。
亡骸になってまで、お留守番は
させたくなかった。
今日のうちに、送ってやろう。
斎場のご厚意もあって、可能な限りの
遅い時間に送ってやれることになりました。

玄関を出て車に向かうとき、
急に夫が、足を止めました。

「ジロ、お月さま。満月だよ。」

風流なのか何なのか、
なぜか夫は、犬と月を眺めるのが
好きでした。
満月の夜には、犬を連れて
家の外やベランダで
「ホラ、キレイだねえ」とか
やってるのを見て、
ウチの犬は風流は解さないんじゃないの?
と笑ってたりしたものでした。

東の空を見上げたら、
美しい月でした。

そうか、やっぱり今日だったんだね。

そう思いながら、わたしたちは、
最後の「みんなで、おでかけ」に、
出発しました。



結局、死因はわかりません。
嘔吐なし、炎症反応なしの、
下痢からの大量下血。
暗赤色の血液であることを
考えると、直腸より上の
消化管下部からの
出血だと思われます。
(上部だと、血はもっと暗い)
(直腸より下からだともっと明るい)
では急激な劇症化の原因は?
防げなかった?
ホントに前兆はなかった?

生き物の気配が消えた家で、
ぐるぐる考えます。
多分、日が経つにつれ、
もっと後悔と、たくさんの「たられば」
が押し寄せてくるでしょう。
時折、その泥の中で、
のたうち回ることもあるはずです。

けれども。

時間薬は、必ず効く。
いつになるか、わからないだけで
でも、必ず効く。

今まで、わたしが愛してきた
犬、猫たちが教えてくれたから、
わたしはそれを知っています。

だから大丈夫。



この一連の出来事で
どうしても感謝したい人たちがいます。
次回、
それを書かせていただきます。

犬のはなし 2019.01.22 (火)
1/20。
16年間、一緒に暮らした、
わたしの大事な愛犬が
突然、この世を去りました。

またしてもカテ違いの話を長々
してしまいます。
また、犬が死んでいく話ですので
生々しい表現なども出てまいります。
ノーサンキューな方もいらっしゃる
と思います。ごもっともです。
勝手致しまして
申し訳ございません。



その前日、1/19、夜。
実家の用事で一日過ごし、
ものすごい疲労感の中、
床暖房をつけた床に腹ばいになって
犬にブラシをかけていました。

何もかもうまくいかないな。

分不相応な望みを持つからでしょう、
自分の願うことが、みな、
うまく運ばない。
情けなく恥ずかしく、
沈んだ気持ちになることが多い
このごろを思いながら、

でも、それでも。
愛犬ジロ(仮名)は元気で良かった。
あと2日で16歳の誕生日。
ジロは、普通の家で生まれた犬を
譲ってもらった子なのですが、
月末には、同胎犬と
(同じ出産で生まれた兄弟)
久しぶりに会う約束もしていました。

楽しみだねえ。
キレイにしていかなきゃだね。

話しかけながらブラシをかけて
犬はウトウトしていました。
いつも通りの夜でした。

夫より早目に布団に入って、
夫が、いつも通り、寝室に
犬を連れて来たのが、0:00過ぎ。
一度、1:30頃、目を覚ましたときは
犬は、いつも通りよく寝ていました。
腹ばいで寝ていました。

異変を感じて目を覚ましたのは、
ゼイゼイという、激しい呼吸音を
聞いたから。
びっくりして飛び起きて
犬を見ると、舌を横に出して
肩で息をしていました。
名前を呼んで軽く揺すっても、
目の焦点があっていません。
意識がない!

寝ていた所には
失禁はなし、嘔吐跡はなし。
出血跡もなし。
ただ、ヨダレがびっしょりでした。

何が起こったか、全く理解できないまま
とにかく犬を抱き上げて、
階下に駆け降りました。
犬ベッドに伏せさせて、必死で考えます。

時間は、6:30過ぎ。
かかりつけの動物病院は9:00から。
夜間救急(動物病院)の受付は
5:30まで。
どうしよう…

今まで一度もこんなことはなかった。
前月の検診でも全く異常はなかった。
逆に、持病なしでの
呼吸過多、意識混濁という今の状況が
却って絶望的に思えました。

もう、家で看取ってやった方が…?

それでも身体は勝手に動いて、
耳温計で検温(微熱があった)
ペンライトで口中を照らして、
色を見ました。
貧血、出血、なし。
チアノーゼも見た感じは、ない。

ならば。
ならば、間に合うのか?

慌てて起きてきた夫に、保冷剤で
腋窩、鼠径を冷やしてくれるよう頼み
かかりつけ病院に電話しましたが
応答テープでした。

もう直接行ってしまおう。

犬ベッドごと、車に運んでもらい、
動物病院に向かいました。
病院に着いたのは7:10頃。
受付は8:20から。
インターホンを押しても応答は
ありません。
この病院は、人間でいえば総合病院規模。
夜中の診察はありませんが、
宿直の先生がいます。
なんとか診てもらえないだろうか…
シンと静まりかえった病院周辺を
うろつくも、どうすることも
できません。

犬は、と見ると、少し呼吸が落ち着き、
横に出ていた舌は戻りました。
脚先を強く握ると、引っ込めようと
します。意識不明ではない。
でも眼が定まっておらず
意識は混濁しています。
そのうち、なんとも切ない鳴き声で
鳴き始めました。
ワンワン鳴いたのなんて、
6年ぶりくらいに聞きました。
…どこかが痛いんだ。
お願い、誰か出てきて!お願い!

その時、宿直の看護士さんが、
病院のわんこ(供血のお仕事犬)
のお散歩に出てきました。
駆け寄って、非礼を詫びた上で
なんとか診ていただけないか
お願いしてみました。
車の中の犬の様子を一目見て、
「とにかく中に!」
とおっしゃっていただきました。
ああ、やっぱり緊急事態なんだ…

診察室で待つこと、しばし。
若い先生が来て下さり、事情を説明。
検温(微熱あり)、犬の検温は
肛門でしますが、検温後、水様便をしました。
腹部を掴むと、ギャン!と悲鳴を
上げました。お腹が痛いようです。

採血。何十回したかわからない採血。
いつもとてもいい子で、声なんて
上げたことがないのに、
ワンワン吠えます。

「レントゲンを撮ります」と
連れて行かれるとき、
本当に、これでいいのか、と強く思いました。

でも、治療を依頼するなら
原因を調べるため、X線は初手。
恐らく何も分からないだろうけど
しない訳にはいかないことも、
病院歴が長いため、わかっています。

無理言って診てもらってる訳なんですが
もう止めてやった方がいいのか、と
ギャンギャン鳴く声を聞きながら
胸がつぶれそうでした。

しばらくして
血液検査の結果を持って、
若い先生が戻ってきました。
顔見知りの中堅先生と一緒でした。
結果は、脱水してる以外は
ほぼ異常なし。
ちょっと白血球が高いくらい。
CRP(炎症反応)も高くない。
予想通り、X線所見も、特別何もない。
だからといって帰れる状態では
ありません。
即、入院となりました。

生きて帰れるのか。
治療の可能性はあるのか。
家で看取ってやった方がいいのか。

ものすごく重要な分岐点に
今いるんだ、という感覚はありました。

怒涛のように事態は展開しているにも
かかわらず、
何が起こっているのか、
誰も正確に分かっていない。
なのに決断だけはしなくてはならない。

「家に連れて帰ったらどうなりますか?」
聞いたわたしに、中堅先生は
言いました。
「…でも脱水してますよ?」

そうだった。
今ハッキリしていることが2つあった。

痛みがある。
脱水している。

連れて帰ってしまったら
どちらもどうしてやることも
できないんだ…

15時くらいに様子を見に来て下さい
とのことで、
信頼しているこの病院に
託すことにしました。

病院に到着した夫に、
様子と事情を説明し、この後の打ち合わせ。

実は、この後、
夫実家側のお祝いの会食が
ありました。
夫は欠席する訳にはいきません。
わたしは、迷いましたが、
遠方から来られる方々も
いらっしゃるため、
ご挨拶だけはしなければならないだろうと
出席で。
ただし緊急時は早退する予定で。

お互いの、やるべきタスクのために、
現地集合の予定でその場で散会。

家に帰って、とにかく
目の前のやるべきことを遂行するように。
かなりの努力を要しましたが
犬のことはアタマのスミに追いやりました。

正午からの会食の席が始まり、
わたしの心の中はともかくも、
和やかにお祝いの会は進んでいました。

12:56。
動物病院から着信。

「容態が変わりました。
今緊急処置をしています。
こちらに来られることはできますか?」

ついに、来るべき時が来てしまった。

「一時間ちょっとで行きます。」

震える手で電話を切りました。
夫に後を託して、中座をお詫びして
動物病院に向かいました。

間に合うんだろうか。
無理かもしれない。
…ごめん。
ごめんね、ジロちゃん。
もういいよ。頑張らなくてもいい。
でも、もしできるならば。
待っていてほしい。

いつもと変わらない眠りについてから
たった12時間ちょっとしか
たっていないのに。
昨日まで何も、何ひとつ変わったことは
なかったのに。
一体、なんでこんなことに。
わたしは何を見逃してしまったんだろう。
あんなに気をつけていたのに。

電車の中で、
思い返しても
思い返しても、
「そういえば」という点は
頭に浮かんできませんでした。

最短距離で病院に行けるように
途中の駅に停めていた
車に乗り換えました。
アクセルベタ踏みで
飛ばしたい気持ちを必死で押さえて、
髪が逆立ちそうな
焦燥感の中、ようやく病院について、
案内された部屋のドアを開けました。

そこには、
気管チューブを入れられて
ぐったりと横たわっているも、
大きく呼吸している愛犬の姿が
ありました。

…待っていてくれた。
間に合ったんだ。

(続きます。)

犬のはなし 2018.03.10 (土)
カテ違いの犬ハナシ、続きです。
今回は、ミもフタもない言い方をすれば
「犬が死んでいく話」と
いうことになりますので
ご不快に思われる方は
お読みにならないほうがいいかと…
またのお越しを
お待ちしております。




今後のことについて、夫と話し合いました。
これまで、犬たちの健康問題については
金銭面も含め、
「可能な限りの最大限の治療」の方針で
意見は一致していたのですが
(実質的なお世話は95%わたし)
これからは、治療内容の取捨選択を
考えておかなくてはなりません。

色々話しあった結果、
「治癒は見込めない今、
できるだけ快適な生活をさせる。」方針で。
例えば、
・療法食にこだわらず、欲しがるものを
少し与える。プリンでもカステラでも。
・血液検査の回数は減らす。
数値より、観察重視で。
等々。

この頃2月半ばだったのですが、
毎年犬連れで行っていた、
お花見に今年は行けるだろうか、
それまで頑張ってくれるだろうか。
でも行けたとしても抱っこだね。
けっこー重いよね。
なんてことを、夫と、言い合ってました。
彼の余命を、月単位で考えていた訳ですね。

少し良くなったりまた悪くなったり。
週1〜2日だった通院は週4日位に
増えていました。
夜穏やかに眠っている姿を見ると
自然と手を合わせて、天に感謝し
どうか一日でも長く、
普通に暮らせますようにと
祈らずにはいられませんでした。

ですが…

3月中旬の夜、腎不全の末期症状である
痙攣発作が起こったのをきっかけに、
翌日には後ろ脚に力が入らなくなり。
翌々日には自力で排尿できなくなり。
雪崩のように、状態が
悪くなっていきました。

月単位で考えていた命の長さが、
週単位へ。
最終的には
「明日生きているには、何をすればいいか」
と思うようになっていました。

痙攣発作から4日後、
皮下輸液
(皮膚に針を刺しての点滴)ではなく
静脈輸液をしたものの、
劇的な改善が見られない。
各種数値は、計測不能まで振り切って
いる項目もありました。
「今がその時だ。」とストンと落ちました。

「できるだけ苦痛だけを取り除く方向に
しようと思います。」
すべての積極的治療をやめることを、
先生に告げました。
余命については一切、
何もおっしゃいませんでしたが、
「できるだけお家で過ごしたいですよね」
と自宅での皮下輸液ができるように
準備して下さいました。
(皮下輸液は脱水防止のみ)

神経症状が出ているため、
アタマがハッキリしないのか
苦しそうな感じではなく、ぼーっと
している愛犬1号。
頑固で気難しくて、気性が激しい愛犬1号。
晩年はだいぶパワーダウンしていましたが
防寒の服を脱ぎ着させるだけで
唸って噛もうとしていました。
(脅しで、実際には歯は当てない。)
そんな彼が、導尿のため
カテーテルを尿管に入れられても
おとなしくしているなんて。
神経症状の不随意反応で、身体が
常にくにゃくにゃ動いているため
ぐったりしている印象は
不思議にないのですが、
最終段階に入っていることを
改めて受け入れるしかありませんでした。

3/20。シリンジ(大きい注射器)で、
それでも満足気に食べていた食事が
とうとう摂れなくなりました。
尿量がどんどん減っていき、
夜には、ほとんど導尿できなくなり。
口からは、強いアンモニア臭がしだして
タール便も出だしました。

夫に、多分お別れが近いことを告げ
1号と一緒に過ごす、最後の夜が
始まりました。
時折、強い痙攣発作が起こり
チューイングという口をクチャクチャする
動作が激しくなり、
口元から血がにじんできたのが
3/21に日付が変わった頃だったでしょうか。

長い長い長い夜が明けかける頃には
上唇には、穴が開いてしまっていました。
それを見た時
一晩中かけて考えたことの結論が
出ました。

(もう楽にさせてやろう)

恐らくは今日中は保たない命。
でも苦しみからは、一刻も早く開放
させてやりたい。

夫に相談すると、
「…そうしよう。1号は痛がりだから…」と。

これまで命を伸ばすために
使ってきた「神様の手」で命を絶つ。
でもこれで天罰が下ったとしても
楽にしてやりたい。

諸々の準備、2号のお世話などを夫に
託して、わたしだけで動物病院へ行きました。
受付開始と同時に院内へ入ると
顔なじみの受付さんが
わたしの顔を見ました。
目があって、わたしが首を横にふったと
同時に、内線で先生に連絡。
階上のドアが、スゴい勢いで閉まり
先生が階段を駆け下りて来ました。

先生、ありがとう。
でも走らないで。
そんなに急がないで。
だって、これからわたしがお願いするのは…

診察室に入り、
震える声を励まして、でも何度も
詰まりながら、
「上唇、貫通してます。
もう送ってやろうと思います。」
と、伝えました。

その時の先生の言葉を
わたしは一生忘れないと思います。

「命を救う獣医師として、誤解を招く
ような言葉であるとは承知してます。
でも、この場合の安楽死は、
僕は、治療だと思います。
やるべきことは、全部!やりました。
この子もあなたも。」

筋弛緩剤を注射するのですが

「…ギリギリ家まで呼吸が保つように
ソフトランディングできますか?」
とお願いしました。
先生は少しだけ笑って、
「見込まれちゃいましたね。
難しいですが、やりましょう。」

ああこれでやっと楽になるね。
ゆっくり眠れるね。

神業みたいな薬量で、本当に
わずかに呼吸が残る昏睡状態のまま
家に戻ることができ、
わたしと夫が見守る中、
それから程なくして
静かに静かに、
呼吸と鼓動が止まりました。



何年たっても、最後の判断が正しかったのか
わかりません。
積極的治療をやめたタイミングも
安楽死を選んだことも。

命を預かる、飼い主の「神様の手」の
正しい使い方が今でも分からない。
分からないまま、愛犬2号は
晩年を迎えています。
また遠くない時期に
看取りをすることになるでしょう。

何をしても、また、しなくても
後悔は残ります。
何があっても逃げずに
向きあっていくしかないなあ。



全くカテ違いの話を
長々と失礼しました。
また、倫理的にも不愉快に
なられた方がいらっしゃるかもしれません。
お詫び申し上げます。

自分がどういう気持ちと経緯で
命の終わりと向きあったのか。
大変自分勝手ながら
書き残しておきたいと思いましたので
この場をお借り致しました。
御礼申し上げます。

犬のはなし 2018.03.08 (木)
ランには1mmも関係ない、
犬のハナシです。
しかも、ウェットな内容ですので、
え〜カンベン!な方は、どうぞ
またのお越しをお待ちしております。





気温低めのおぐら地方ですが
3月、お水取りの時期になると
それでも少しずつ春の気配が訪れます。
この季節が巡ってくると、
いつも思い出すのが、
愛犬を看取った日々のことです。

2012年。
当時わが家には、2頭犬がいました。
現在も一緒に暮らす愛犬2号と
当時14歳だった愛犬1号です。
病気の多い犬種の彼ら。
それでも元気で成長し、
色んなことがありつつも、
2人間、2ワンで楽しく暮らしていた我が家
でしたが、2011年の梅雨頃から
1号の体調が不安定になっていました。
いわゆる腎不全でした。

その2年程前から、傾向としてはあって
ずっとモニタリングしてはいたのですが、
腎臓は一度悪くなると、臓器の修復が
できないため、残された腎機能を
できるだけ温存するということしか
できません。
人間も同じですが、犬も高齢になると
複数の疾患を抱えることが多く、
愛犬1号にも、複数の持病があるため
治療が複雑になっていました。
でも、まだ初期腎不全の状態でしたので
基本は普通の生活ができておりました。

暑さ厳しい夏も何とか乗り越え、
秋が来て、やがて冬が来て。
状況の許す限り、必死でケアを
続けていたものの、無情にもじわりじわり
数値は悪化していました。
また、それと比例して、
体調を崩す頻度は上がって来ていました。

わたしは、犬の健康問題に関しては
とても心配性で、
かなり頻繁に獣医通いをしています。
これまで色々なことがあって
生命に関わる案件も幾つかありましたが
方針としてはハッキリしていて、
「可能な限りの最大限の治療をする」
でした。
例えば、高齢になってから
手術が必要な事態が起きた時も、
手術を迷いませんでした。
(もちろんリスクは承知の上でした)
正しいかどうかはわからないけど
でも、それは揺るぎませんでした。

でも、その方針は転換しないと
いけないかもしれない…
苦痛を与える治療は
絶対に選択しませんが、
積極的治療=犬の幸せ である時期は
もう長く続かないかもしれない。
転換は、たった今ではないけれど、
そう遠くない時期なのかもしれない。

そんな予感がしていました。

でも思いがけず穏やかなお正月を過ごし、
「このまま春を迎えられる?」
と喜んでいた1月が過ぎて2月に入り。
腎不全ではない、別の疾患で緊急事態が
発生し、幸い治療ができて
事なきを得ましたが、
一段と消耗させてしまいました。

一日でも長く生かしてやりたい。
だけど
どんなに認めたくなくても、お別れは
遠くないのかもしれない。
…転換は、今、なのかもしれない。

「先生、もう積極的治療は無駄だ
という時が来たら、それでも私が
ムリな治療をお願いしたら、
断って下さいませんか。」

10年近くお世話になっている
獣医師の先生にお願いしたのは
この頃でした。
先生はとてもクール。
冷淡ではないのですが沈着冷静で
理論派のため、冷たい怖いという印象を
持つ患者さんもいるようでした。
わたしが、獣医さんに求めるのは
「見識と医療技術と的確な説明」で
飼い主のメンタルケアではないため、
わたしには、頼りになる先生です。
その唐突な申出にも慌てることなく

「その時が来たら、多分、
ご自分で判断されますよ、
僕が言うまでもなく。」

と静かにおっしゃいました。

…本当にできるのか、そんなこと。
これまでみたいに、できる事を全部
やってもらおうとしてしまうんじゃないか。
「助けたいから」を免罪符にして、
失いたくない、という自分のエゴだけで。

自分で治療の選択ができない犬。
飼い主だけが選択できます。
治療のみならず、
食べ物、住む場所生活の全ての
コントロールを握るのは飼い主。
とりもなおさず、それは、生殺与奪の権を
握ることになります。

「神様の手」、を持ってしまう。
名前を付けて、愛したなら。

わたしは、こんなにも愚かで浅ましくて
迷いだらけで、自分勝手なのに。
こんなにダメな人間の手が
この犬たちにとっては、
生与を握る、神様の手になってしまう。

あらためて、生き物を飼う、ということの
責任の重さと、これから先の決断の難しさが
のしかかってくるようでした。

(カテ違いの話ですが、続きます。)